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手短かに、私の生涯がどのような弧線を描き終えるかについてお話ししておこう。一九三〇年までの数年間になお何冊かの本を書くが、それからこの職業には永久に背を向ける。私がはたして詩人の一人に数えられるか否かという問題について、二人の熱心な若い人の博士論文で研究されるが、答えは出ない。つまり、近代の文学を念入りに考察した結果、詩人を形成するオーラは、近代においては極めて稀薄なかたちでしか存在しないので、詩人と文士の区別はもはや確認できないことが判明したのだ。しかしながら、この客観的な調査結果から二人の博士論文執筆者は相反する結論を導き出した。共感できる方の一人は、これほどばかばかしく稀薄になったポエジーはもはやポエジーではなく、ただの読み物は生きる価値がないのだから、今日なお文学と称しているものは、静かに死んでゆくにまかせて差し支えないという意見である。しかし、もう一方は、たとえどれほど稀薄な形でも、ポエジーを無条件に貴ぶ人で、それ故に、パルナソスの詩神の真正な血をほんの一滴でも宿しているかも知れない詩人に対して不当な扱いをするくらいなら、用心のために百人の三文文士をも一緒に認めてしまった方が良い、という意見である。