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私は主に絵を描くことと中国の魔術にたずさわるが、その後数年間は次第に音楽にも掛かりあう。人間の生活が、いわゆる現実ではあまり真剣に受けとられず、そればかりか嘲笑されさえするが、その一方で、神性の似姿、神性のかりそめの衣として、永遠の価値をもって輝きだすような、そういう一種のオペラを書くことが私の晩年の野心となる。人生を魔術的に把握することはいつもお馴染みだった。私は決して「現代人」ではなかった。そしていつもホフマンの『黄金の壷』や、あるいは『青い花』はなお更のこと、どんな世界史や博物誌よりも貴重な教科書だと思っていた(むしろ世界史や博物誌の中にさえ、それを読むたびに、いつも魅惑的な寓話を見るのだった)。今はしかし私にとってあの人生の段階が始まっていた。つまり、既にでき上がった、十二分に他と区別された個性を、これ以上更に熟成させ、他と区別させることにはもう意味がなくなり、その代わりに、この貴重な自我を再び世界の中に埋没させ、無常に直面して、永遠の、時間を超越した秩序の中に自分を組み入れる使命が浮かび上がってきたのだ。