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こうした考え、或は、人生の見方を表現するのは、メールヒェンの方法によってのみ可能だと思えた。そしてメールヒェンの最高の形式はオペラだと見た。それは恐らく、濫用され、死にかかっている言語では、もはや言葉の魔力を本当には信じられなかったのに対し、音楽は、その枝に今日でもまだ楽園のリンゴをならせることができる、生き生きとした木だと思えたからである。私はこのオペラで、文学ではまだ一度も達成できなかった、人間生活に高貴で、うっとりする意味を持たせることを試みたいと思った。自然の無邪気さと無尽蔵さとを称え、その歩みを追って、自然が避けては通れない苦しみに駆られ、遠い反対の極である精神に向かうところまでを描こうと思った。そして自然と精神の両極の間を揺れる生の振動を、孤を描く虹のように晴れやかに、戯れるように、完璧に描く筈だった。