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さて、逆境はいつも強力な良い試練になるが、今回はそのための配慮がたっぷりなされていた。それで次第に、世の中の掴み合いの喧嘩をその成り行きにまかせることを学び、全体の混乱と罪に対して自分自身がかかわった部分に没頭することが出来た。それにどう取り組んだかを私の著作から読み取ることは読者に委ねざるを得ない。そして未だになお私は密かに願っている。時の経過と共に私の同胞もまた、全体としてではなくとも、非常に多くの目覚めた責任ある個人として、各人の心の中で同様の検証を行い、悪しき戦争と、悪しき敵と、悪しき革命を嘆いたり罵ったりする代わりに、どうして自分自身も共に罪を犯すことになったか、そして、どうすれば再び罪を脱することが出来るかを問い掛けて欲しいものだと、そう願っている。なぜなら、人は自分の悩みと罪を認め、その罪を他人に求める代わりに、とことん悩み抜くならば、いつでもまた罪を脱することが出来るからである。 新しい変化が私の著作や生活に現れ始めると、友人たちの多くは頭を横に振った。私のもとを去って行くものも多かった。これも、私が家を失い、家族や他の財産や快適さを失ったのと同じく、私の人生の変容の一つなのだった。そしてそれは、私が毎日のように別れを告げ、自分がこんなことにも耐えられるかと毎日驚き、しかもなお生き続け、苦痛と落胆と損害ばかりもたらすように見えるこの奇妙な人生にも、やはり何かを愛し続けた時代なのだった。